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木村尚樹 -きむらなおき-

写真美術作家。1987年渡米、NY ・東京(2017年より)を拠点。モノクロームを基本としたオリジナルプリント作品のみを手掛ける。ヨーロッパを舞台とした写真美術作品を数多く発表。禅的な趣のある「凪-ゆらぎ」というテーマを以て、時間と空間が交わる場所に立ち上がる清鑑なゆらぎとその質感-クオリアを切り撮る。

 

気高くも奥行きのある木村の作品は近年、近年の日本に被写体を求めた作品にも受け継がれており、欧米をはじめ多くのコレクターに熱い支持を得ている。

 

Biography

  木村尚樹は、時は高度経済成長期、東京五輪開催を象徴に目覚ましい復興を遂げ、本格的な国際社会復帰を果たした日本に生まれた。

幼年期を京都の西陣に育ち、伝統と革新の混在する風土が、なだらかな階調を持つ「質感」を感じ採る基盤を形成したと言える。15歳の春に出会った、ろうあ者の作品を集めた写真展に立ち寄った際、「雄弁」に語りかける写真の持つ力に触発されたことで、自らの感性を表現する手立てとして、写真という表現を選んだという記憶が鮮明に残る。

写真作家を目指す暗中模索の中、写真専修学校への入学を以て上京し、写真芸術の何たるかに挑むなか、大学進学にて美学美術史学を専攻、さらには大学院での学びをも意図し、見聞の拡張を求めて渡米に至る。

これらの一連の就学経験は、欧米で言うところの“ギャップ・イアー”としての行動に類似しており、写真表現への要素の一環であったと言える。

  1990年、ニューヨークにてアートギャラリーの加護を得て、魂の欲求が向く先“イタリア”での作品制作を慣行するが、そこで体感する光と風、そして陰の質感は木村尚樹の芯の「何か」、琴線に触れることになる。本能的な「美しい」と感ずるものへの自然な反応を体感し、それを肯定する始まりとなった。

作品に与えられる通底の概念は、自身がいうところの「凪」という“人”の持つ曖昧な感覚である「ゆらぎ」に求められる。

木村の云う「凪」には、質感を有する「ゆらぎ」の体感である“人”の原始的な感性への触媒の意味がある。「美しい」という人類共通の感覚は、概ね本能というべきところにあり、彼の作品の持つ「共感」に似た、独特の質感によって語られる一つのテーマでもある。

また、彼の心象風景を表現するに於いて、作品はすべてモノクローム表現によるもので統一され、本来、現実の記録である写真のドキュメンタリー性は、現実の破片であって現実そのものではない性を正面から捉えている。そこには “色”を排除することにより現実(リアル)ではないことを、

より明確にする意味をももつという。さらに、その行為に於いて空間が抽象化されてしまうパラダイム転換への欲求という魂の選択である。

 

  彼の作品群は、イタリアを中心とした欧州での被写体との対峙に於いては、中世・ルネサンス期をベースに残す空気感を求めたものが主体であり、創作初期よりのライフワーク的な位置にある。それに加え、近年(2015年以降)より、日本に被写体を視ることで、自身が備える生来の「質感」に柔順に感性を委ねるべく、その表現を試みている。

「凪」は、木村の中に確固として在り、それは必ずそれを視る者にも質感として存在する「ゆらぎ」であろう。

「限界芸術」なる、日本発の概念に潜む、人の根源へアプローチすることに通底し生まれる、

純粋且つ簡素な表現を求めることに、もはや躊躇はない。

   木村尚樹は、写真を「美しい」という美術作家である。

木 村 尚 樹

fine art photography