零の地平へ Ⅲ
What Remained Unnamed

写真を続けていると、自分が何を撮っているのか分からなくなる瞬間がある。
技術や被写体の選択といった具体的な手法の話ではない。どのような表現を志向しているかは、自分でも説明がつく。だが、なぜ自分はこれほどまでに同じ方向へ、同じ気配へと繰り返し惹きつけられるのか。その根源的な理由を前にすると、言葉はいつも頼りなく霧散してしまう。
実は、この感覚に対して、私は活動のかなり初期から「凪(なぎ)」という言葉を用いていた。
それはまだ理論でもなく、確信でもない。ただ、撮影の瞬間に訪れる静かな緊張、あるいは世界が像として結ばれる直前の空白のような状態を、そう呼ぶほかなかったのである。当時はまだ、その言葉が持つ本当の重さを理解してはいなかった。
撮影を積み重ねるほどに、印画紙の上に現れる「凪」の片鱗は増えていった。場所や季節、あるいは画面に現れる対象がどれほど変わろうとも、関心の向かう先には、不思議なほど純化された一貫性が残った。それはもはや偶然の産物ではなく、私が世界と出会うたびに通過していた層のようなものであった。
写真は撮れている。作品として成立し、展示の構成も組める。けれど、その奥に潜む「なぜ」だけが、いつまでも名指されることを拒んでいた。
私は何かを探しているのか。あるいは、何かに導かれているのか。
この問いは、新しい連作を完成させても解決には至らず、歳月を経ても薄れることがなかった。むしろ制作を重ねるごとに「凪」という感覚の輪郭は鋭くなり、その背後には一貫した構造があることだけが、次第にはっきりしていった。
今、改めて過去の作品を見返すと、そこには明らかな痕跡が刻まれている。
当時は説明できなかったもの。
言葉を持たなかった「凪」の感触。
後年になってようやく体系化されることになる方向が、すでに当時の画面に、未分化のまま宿っている。
私は過去を回想しているのではない。その時点の自分にはまだ見えていなかった何かを、現在の視点から再読しているのである。
写真を始めた頃、私は作品を「作ろう」としていた。だが、数十年にわたる実践は、表現という行為の別の側面を教えてくれた。写真は、既知の理解を形にするためだけの道具ではない。まだ言葉にならない関心や、自分でも把握しきれていない問いを、未来へと運び続ける器でもあるのだ。
私の場合、それは一過性の疑問ではなかった。制作の背後に静かに伏在し、作品の中に執拗に現れ、それでもなお安易な解釈を拒み続けてきた条件である。
現在もなお、その問いの途上にいるという感覚がある。
長く「凪」として感じていたものは、いま少しずつ別の輪郭を持ち始めている。私の関心は作品そのものから、その作品を成立させている条件へ向かうようになった。そして、その問いは写真の外側に答えを求めるのではなく、写真という実践の内部から必然的に立ち上がってきたのである。
